管理人のプロフィールです。
家康の詰問状に対し、兼続は、家康に一歩も引かない姿勢を示し、逆に家康を挑発するような、16ヵ条からなる返答書を送りつけ、家康を激怒させます。これが世に言う「直江状」です。
兼続と三成が出会ったのは、1585年の秋に行われた、上杉景勝と豊臣秀吉間の同盟締結の事前交渉だったといわれています。この2人は強い絆で結ばれていました。
当サイトに関するお問い合わせは、sougo25-kari@@yahoo.co.jp よりお願いいたします。 ※@は、1つ削除して下さい。
ATOM RSS2.0